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「畏敬」の意味は?読み方・類義語・対義語は?

「畏敬」の意味・読み方
「畏敬」は、「いけい」と読み、「崇高なものや偉大なものを近づきがたいものとしてかしこまり敬うこと・偉大な存在に対して心から敬うこと」を意味します。
「畏敬」は、特に、その人や物事が持つ威厳、品位、高貴さ、あるいは他の尊敬すべき特性に対する深い尊敬と敬意を指し、相手の素晴らしさを讃え褒める言葉です。
- 多くの人が富士山の壮大さに畏敬の念を抱いている。
- この地方には、自然に宿る神々への畏敬の念を込めて踊る風習がある。
- 土地を切り開いた先祖に畏敬を持つ。
- 畏敬する学生時代の恩師と再会して、改めて身が引き締まる思いがした。
などのように使われます。
「畏敬」の「畏(い・おそれる・かしこまる)」には、「能力が及ばない相手に対して、おそれながらうやまう」という意味合いがあり、「敬(けい・うやまう)」には、「相手を重んじてうやまう・うやまいとうとぶ・慎み深くうやまう」という意味があります。
ですから、「畏敬」は、似ている意味の二つの漢字が合わさって「おそれかしこまり敬う」などの意味を強調している言葉で、「崇高なものや偉大なものを近づきがたいものとしてかしこまり敬うこと・偉大な存在に対して心から敬うこと」を意味します。
つまり、「畏敬」は、ただ「尊敬している」という意味で使うのではなく「その存在の前では無意識にひれ伏してしまう、崇高な人、偉人、命の恩人、神仏、自然の神秘的な力、日本の伝統文化における神や祖先など」に対して用います。
「畏敬」は、文語的な表現で、普段の話し言葉では少し大げさに感じられるためかあまり使われず、口語では「尊敬」や「敬意」などの言葉を用いることが多いです。
ただし、法事や式典の際に、偉人や敬うべき人物に対して言及する際には、あえてこの言葉が使われることもあります。
普段使わない言葉だからこそ、特別な存在に対して持つ深い尊敬の感情を表すことができる言葉であり、基本的にポジティブな意味合いで使う言葉です。
「畏敬」の類義語・対義語は?
「畏敬」の類義語には、あがめうやまうことを意味する「崇敬(すうけい)」、価値あるもの尊いものとして大切に扱うことを意味する「尊重」、つつしみ敬うことを意味する「恭敬(きょうけい)」などがあります。
「畏敬」の対義語・反対語には、神聖なもの清浄なものをおかし汚すことを意味する「冒涜」、尊敬の念を持たず礼儀にはずれることを意味する「不敬」、相手の人間性・能力などを軽視してあなどることを意味する「軽侮」などがあります。
「畏敬」の使い方




「畏敬」の例文
- ・・・で自己を演出していようと、この白馬は、勇敢なるインディアンにとって戦慄すべき畏敬のまとであった。この高貴なる馬に関する伝説的記録から察するかぎり、白馬にそれほど
- ・・・にちがいない。 盛政は利家には弱い。口先だけの大将ではない、槍の名手の利家を畏敬している。 「雪がとけたら、また、大戦じゃ。裏に上杉がおるとあっては、今度の
- ・・・飲みながら、口々に今の王子には名実共に大将軍の貫禄がある、と褒めた。その口調には畏敬の念が篭っている。 「王子の背後から光が昇っていましたぞ、王子はもう王者です」・・・黒岩 重吾(著)「白鳥の王子ヤマトタケル」
- ・・・の底にある大小の湖沼群だ。アイヌ民族も古来このポロシリ(「大きな山」の意)に
畏敬の念を抱いて、壮大かつ人間的な神話が残されているが、それはいずれあの山に登ったと・・・本多 勝一(著)「山とスキーとジャングルと」
「畏敬」と「畏怖」の違いは?意味や読み方は?

「畏敬」
「畏敬」と「畏怖」のそれぞれの違いを見ていきましょう。
「畏敬」「畏怖」のどちらも「畏」の「おそれながらうやまう・かしこまってうやまう」という意味合いが含まれています。
上述の通り、「畏敬」の意味は「偉大な存在に対して心から敬うこと」です。
「畏敬」は、自分にとっておそれ多く敬って止まないような存在に対して、深い尊敬の感情を表す言葉です。
「畏怖」
一方、「畏怖」は「いふ」と読み、「自分にとって絶対的に敵わない相手や、事柄に対し恐怖心を持つこと・自分の力が到底及ばないものに対して、おそれおののくこと」を意味しています。
「おののく」とは、「体や手足が恐ろしさや不安などで、ブルブルと震えること」で、非常に大きな恐怖心を表す言葉です。
そしてそれは、単に恐怖の感情ではなく、自分の力が全く及ばないような偉大な存在に対して、恐れると同時にかしこまる・かしこまって敬うようすも表します。
ですから、「畏怖」は、単に怖そうなものに対して使う言葉ではなく、例えば、自然の力、驚異的な技能、偉大で力の及ばない存在に対して、恐怖とかしこまりの入り混ざった感情を表すために使用されます。
「畏怖」の例
- ・・・絶海の孤島に新島守としているにもかかわらず、恐るべき霊力を放ち続ける後鳥羽院への畏怖とを背景として、細々と続けられていったのであると考える。付記本稿の発表後、五味文・・・久保田 淳(著)「久保田淳著作選集第二巻」
- ・・・は大蛇が神へと昇華したものと考えられていた節があり、龍と蛇とを同じ部類の神として畏怖していた趣がある。 日本神話・伝説をひも解くと龍や大蛇に関する話が非常に多く残っ・・・島田 麻未(著)「日本怪奇幻想紀行」
- ・・・い噴火口だ。しかしその後千百年近くの間、磐梯山は火山活動をしていない。崇敬また畏怖され続けてきたが、静かなる山であった。それが、近代にいたって突如大爆発をしたので・・・高橋 千劔破(著)「名山の日本史」
「畏敬」「畏怖」の違いまとめ
- 「畏敬」「畏怖」はどちらも「畏」という共通点があり、「おそれうやまう」気持ちを含んでいます。
- 「畏敬」は、「偉大な存在に対して心から敬うこと」を意味し、深い尊敬の感情を表す言葉です。
- 「畏怖」は、「自分の力が到底及ばないものに対して、おそれおののくこと」を意味し、恐怖とかしこまりの入り混ざった感情を表す言葉です。
「畏敬の念」とは?

「畏敬の念」とは?
「畏敬」は、「畏敬の念」という形で用いられることが多く、「いけいのねん」と読みます。
「畏敬の念」は「相手に対しておそれながらうやまう心情そのもの」を指し、「崇高なものをおそれ敬う気持ち」を意味します。
「畏敬の念」は人だけではなく、人以外に対しても使うことができるというのが特徴です。
ですから、神様、仏様、自然などの崇拝すべきものに対して使うことも可能です。
ただし、むやみやたらに使うのではなく、自分より遥かに地位の高い人や、とてもつもない存在に対して使うのが、適切な使用方法です。
「畏敬の念」の例文!
「畏敬の念」が使われる言い回しの例には以下のようなものがあります。
- 畏敬の念を抱く…崇高なものをおそれ敬う気持ちを持つこと
- 畏敬の念に打たれる…崇高な存在に感動すること、心を動かされること
- 畏敬の念を覚える…自然と湧き上がったおそれ敬う気持ちを感じること
- 畏敬の念を禁じ得ない:おそれ敬う気持ちを抱かずにはいられない様子
- 畏敬の念に堪(た)えない:おそれ敬う気持ちが抑えられないこと
- 畏敬の念を込める:崇高なものをおそれ敬う気持ちを込めること
参考文献
- 編 山田忠雄・柴田武・酒井憲二・倉持保男・上野善道・山田明雄・井島正博・笹原宏之 (2012)『新明解国語辞典』第七版, 三省堂.
- 監 林 四郎 編 篠崎 晃一 ・相澤 正夫・大島 資生(2021)『例解新国語辞典』第十版, 三省堂.
- 編 柴田武・山田進 (2002)『類語大辞典』講談社.
- 編 藤堂明保・松本昭・竹田晃・加納喜光 (2011)『漢字源』改訂第五版, 学研.
- 著 鎌田正・米山寅太郎(2013)『新漢語林』第二版, 大修館.
- 編 松村明・三省堂編修所(2019)『大辞林』第四版.三省堂.
- 公益財団法人日本漢字能力検定協会.「漢字ペディア」.<https://www.kanjipedia.jp/>(参照日2025年1月7日).
- 小学館.「デジタル大辞泉」. <https://dictionary.goo.ne.jp/jn/>(参照日2025年1月7日)念